2/3
前へ
/27ページ
次へ
「あれっ、あれ、おかしいなぁ。」 俺はタンクトップ姿でうちわを扇ぎつつ、扇風機のスイッチを何度も押す。 スイッチはその度、乾いた音を立て、羽(ファン)は空回りをした。 とうとうガタがきたか。 ボタンの故障、コードの接触不良…などなど合計8回以上も修理して来た扇風機も、ついに限界だ。 俺はうちわを投げやり、畳の上に大の字になった。 耳障りなセミの声、額に浮きでては流れる汗。 エアコンも無い部屋にとって、今や扇風機まで無いのは致命傷に等しい。 それにこの扇風機は俺がほんとに小さい時から使っていたから、何となく愛着がわいていた。 そういえば、子供の時、扇風機に『あ~』とか言いながら、自分の声がぶれるのを楽しんでいた記憶がある。 そうなら、この扇風機は俺の事を昔から知っているんだなぁ。 不意にそう思った。 しばらく天井を見ていたが、知らぬ間に意識が遠のいていく。 ガバッ… 勢いづいて起きる。 長い時間、暑い部屋で寝ていたらしく、首筋にしっとりと汗をかいていた。 と、俺の前に女がいた。 美しい女(ヒト)だ。 着物を着て優しい微笑をたたえている。 風流を感じるというか、何故か彼女の周りは涼風に満たされている気がした。 「誰だ?」 俺は聞く。 「あんまりにございます」 女は本当に哀しそうに眉をハの字にする。 何かそれだけでもう、俺は彼女を悲しませてはいけない気がした。 俺は何も言わずに立ち上がると、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して一気に飲み干す。 しかし、女は一向に動く気配がなかった。 俺は女の前に対座する。 「どうした、動けないのか」 「はぁ…。もう少し、もう少しだけこのままでいらっしゃっては貰えませんでしょうか。」 女は縋るやうに聞く。 俺自身は彼女の近くにいれば涼しかったし、何よりも美人だったので、一向に構わなかった。 「あぁ、別に構わない。」 口にだした。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

36人が本棚に入れています
本棚に追加