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「あれっ、あれ、おかしいなぁ。」
俺はタンクトップ姿でうちわを扇ぎつつ、扇風機のスイッチを何度も押す。
スイッチはその度、乾いた音を立て、羽(ファン)は空回りをした。
とうとうガタがきたか。
ボタンの故障、コードの接触不良…などなど合計8回以上も修理して来た扇風機も、ついに限界だ。
俺はうちわを投げやり、畳の上に大の字になった。
耳障りなセミの声、額に浮きでては流れる汗。
エアコンも無い部屋にとって、今や扇風機まで無いのは致命傷に等しい。
それにこの扇風機は俺がほんとに小さい時から使っていたから、何となく愛着がわいていた。
そういえば、子供の時、扇風機に『あ~』とか言いながら、自分の声がぶれるのを楽しんでいた記憶がある。
そうなら、この扇風機は俺の事を昔から知っているんだなぁ。
不意にそう思った。
しばらく天井を見ていたが、知らぬ間に意識が遠のいていく。
ガバッ…
勢いづいて起きる。
長い時間、暑い部屋で寝ていたらしく、首筋にしっとりと汗をかいていた。
と、俺の前に女がいた。
美しい女(ヒト)だ。
着物を着て優しい微笑をたたえている。
風流を感じるというか、何故か彼女の周りは涼風に満たされている気がした。
「誰だ?」
俺は聞く。
「あんまりにございます」
女は本当に哀しそうに眉をハの字にする。
何かそれだけでもう、俺は彼女を悲しませてはいけない気がした。
俺は何も言わずに立ち上がると、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して一気に飲み干す。
しかし、女は一向に動く気配がなかった。
俺は女の前に対座する。
「どうした、動けないのか」
「はぁ…。もう少し、もう少しだけこのままでいらっしゃっては貰えませんでしょうか。」
女は縋るやうに聞く。
俺自身は彼女の近くにいれば涼しかったし、何よりも美人だったので、一向に構わなかった。
「あぁ、別に構わない。」
口にだした。
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