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九歳を迎えたある日。
江戸市谷で天然理心流道
場“号試衛”を営む、近
藤周助がやってきた。
「周助先生、宗次郎のことお頼み申上げます」
姉のみつはそう言うと深
々と頭を下げたが、宗次
郎は姉が何故、頭を下げ
ているのか理解出来なか
った。
“したくなかった”と言
った方が、正しいのかも
しれないが。
「うむ、任せられよ」
周助もみつの考えを承諾
して、只では無いが宗次
郎を内弟子にする。内弟
子は今で言う、住み込み
の仕事だ。
早い話、これから宗次郎は“号試衛”で寝泊まりする様になる。今の様にみつと、自由に会える時間は限りなく少なくなるだろう。
そう、思っていた。
「姉上……」
「宗次郎、そんな顔をしないの」
何処かに消えてしまうのでは無いか。と、宗次郎は考えてしまい。寂しさが急に込み上げてきた。
だが、みつは優しく笑みを浮かべて、少しだけ大きな手で頬を触った。
その優しい笑みに、宗次郎は次の言葉が出て来なかった。
(一人にしないでください……)
簡単な言葉だったが、それを言わせ無いように。
「貴方は父上を超える立
派な侍になりなさい。だ
から、こんな所で泣いて
はいけません!
分かった?」
全てを分った上でみつは
そう言うと、宗次郎はち
ゃをとした分れも言葉も
発することが出来なかっ
た。
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