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見上げるほどの大きさの石像にはたくさん落書きがされていた。神聖だとされているにしてはかなり乱暴な扱いをうけているように見える。ガイガイは半ば呆れながらそれをなでた。
「へぇ……これが石獣ってやつなんな」
――ケルベロスとかいう地獄の門番だったっけ。
黒い玄武岩のそれは、言い伝えでは双首の黒犬だという。門番と言いながら、実際は侵入者がいれば神をもほふる最も凶暴な神獣。直接攻撃ならば神獣のうちでは敵のない圧倒的な力を持つ、と。
欠伸をし、薄暗い洞窟内を眺めながらうっすらと思い出す。
しかし今は艶やかな黒陽石にも似た外見。何気なく触れ、撫でた手が恐ろしい感覚に行き当たる。
高級なベルベットの感触。
その下の――温かな鼓動。まさかと目をやることさえはばかられ、あり得なさからガイガイはゆっくりと後ろにいた案内役に目をやった。
だがしかし。とっくにそれは気絶していた。
「は……あ―、う、えぇ?」
見回しても周りには何のかわりもない。ただ手に伝わる感触はまるで生物。
信じられない事態だった。
自分か、それとも他の『何か』か――吐いて、吸って、また吐いて……ひっそりとした吐息、吸気。やがて自身の血の流れが辺りを埋め尽くさん程に体に満ちていく。
ガイガイはことさら自分の手に触れている何かを見ないようにして、素早く案内役の脇に飛び退き揺り起こそうとした。
「おい、起きろ!」
額に脂汗が滲んでいるのがわかる。
石獣が生きているようだ。なんて。不測の出来事にガイガイは焦っていたのであった。それも、自分が触れた途端だった気がしてならないのだから。
だがそれも後の祭か。
目を離さない方がよかったか。
その時はただ、とにかく案内役を起こしてそこを離れようと思った。
思って、いた。
「お困りですか」
ガイガイは部族の中でも三番目の豪傑だし部族長にも一目置かれていると自負している。その彼がいきなり後ろをとられ、肩を取られたのには屈辱的なほどに驚いた。文字通り悲鳴をあげて飛び上がった。
いや、実際は畏れていた事態に直面したからに違いなかった。
「お、おまちください!」
「ぎゃああぁ!放せ!神さまぁぁあっ」
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