1

18/34
前へ
/119ページ
次へ
「坂崎。 どしたの? 4号館に用事なんて、珍しいじゃん」 俺は努めて平静を装って言った。 顔が自然とにやけてる。 「おー、堀井センセのおつかいで、ちょっとな」 坂崎は俺の隣に立つと ポケットから煙草を取り出した。 「最近、雨ばっかだな」 「俺も今同じこと考えてた」 「そんで、『気分も雨模様』?」 はは、と俺は笑って 「そうそ。 院生は賢いし、課題は難しいし ついていけないしで、 四面楚歌?」 「矢倉センセって、厳しいん?」 「厳しい。 それに毎日英語の課題だぜ? 矢倉ゼミにいたらTOEIC800点も夢じゃねーって噂は本当だった。 俺、英語キライなのによ」 そう言うと、 まじまじと坂崎は俺を見た。 「な、なに?」 「いや、お前が愚痴なんて、 珍しいな、と思って」 坂崎は煙草の火を消すと、 「ナオは愚痴とか、弱みとか、 見せたりしない方だったから」 と少し真剣な調子で言った。 「そっかな? 俺、最近は愚痴りまくりよ? 先輩にもバイト先でも、 いっつも愚痴ってるし」 冗談めかして答えたけど、 坂崎は真面目な顔して 「ムリ、すんなよ。 しんどかったら、 愚痴でもなんでも聞いてやるからよ」 「あ…うん、さんきゅ…」 「じゃあ、俺もう行くわ。 また飯食おうぜ。 電話するから」 坂崎は、またポン、と 俺の頭を軽くさわって、 去っていった。 たまに、会うとこれだ。   「やっぱ、好きなんじゃん」 「やっぱ、めっちゃ好きなんじゃん」 気付いたら、こぶし、握りしめてた。
/119ページ

最初のコメントを投稿しよう!

319人が本棚に入れています
本棚に追加