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「そう言われると、すごく、萎(な)えるんだ。
AV持ってきてよ、何か。買いにくくてね、女だと」
間延びした声で、話す。
俺は肩透かしをくらった感じで、もやもやとしたものが胸に残る。
「そりゃ、そうでしょう。ジャンルは?」
「何があるの?」
「単体女優モノがあんまり無くて。痴漢、フェラ、手コキ
、ぶっかけの企画モノしかありません」
「それで、いいから明日、持って来て」
「分りましたよ、持ってきます。その標本は何です」
「取れたてのマウスの膵臓切片」
「じゃあ、もしかして、術着を白衣の下に着てるのは、ついさっき、切除したからですか?」
「惜しいな。切除じゃなくて、解剖。
マウスのような小動物の膵臓を切除したら、小さすぎて、吻合(切除断端を他の臓器に繋ぐ事)出来ないから、切除後そのまま解剖するの」
「えげつないですね」
「医学研究はえげつないものよ。研究医になるなら、倫理観は必要ないの。
動物好きなら、研究医はやめたほうがいい」
「動物嫌いなんですけど」
「研究医になるつもり?」
「大学病院に残るつもりなんで、研究は必須でしょう」
「そうね」
「先生の研究は?」
「百聞は一見にしかず。これ、見てよ」
彼女の白い指は、観察している顕微鏡を指す。
そして、椅子から立ち上がり、二、三歩引く。
俺は椅子に座り、顕微鏡を覗き込んだ。
そこには薄桃色に染色された細胞たちがあった。
ランゲルハンス島細胞、外分泌細胞。
ところどころ、紫色に染色されている細胞が散見される。
「これなんですか?」
「パンケー。正確には浸潤性膵管癌、中程度分化型管状腺癌。
ポピュラーな膵臓癌の組織像」
「これが膵臓癌」
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