裂ける

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と書き込む。 「ベッドでお腹を診せてもらえます?」 「お願いします」 診察台に横になる患者。 片手で触診する。 腹膜炎が無いことを確認し、膝を立たせ、両手で触診していく。 心窩部(しんかぶ)(みぞおち)と左季肋部(ひだりきろくぶ)に圧痛(tend)があった。 O)心窩部、左季肋部 tend(+) A)CP急性増悪 P)ラクトリンゲル500ml+FOY3A(1A=1アンプルの意味)+ブスコパン1A+フサン1A div(点滴の英略) Rp、do(前回と同じ薬を同じ量処方と言う略語)と書き込む。 「慢性膵炎が悪化したんでしょうね。 血液検査と、膵臓の消化酵素を抑え、炎症を抑える薬と痛み止めを点滴しましょう」 オーダリングコンピューターで血液検査の項目オーダーと、フサン、FOY、 乳酸リンゲル、ブスコパンと言った点滴薬をオーダーする。 俺はいちいち、オーダーした薬剤を取りに行き、リンゲル液の点滴ボトルにブスコパン、フサン、FOYを注入した。 そして、駆血帯とシリンジ、注射針まで用意した。 そう、大学病院では点滴、採血は研修医(医師)の仕事であり、看護師の仕事では無い。 薬剤でさえ、薬局や保管庫から医師が持ってくるのが決まりだ。 大学病院の勤務医が口を揃えて言うのは、大学病院の看護師は働かないと言う事だ。 俺は採血や点滴がいやだった。 不器用だからだ。 駆血帯で、静脈を浮き上がらせ、採血し、点滴の翼状針を入れる。 たった、これだけの手技で俺は、15分程苦戦した。 何回も、患者の顔が歪んだ。 俺はそのたびに頭を下げた。 頭を下げるのが嫌なのではない、苦痛を与えている事実がいやなのだ。 検査データはアミラーゼの上昇こそあったが、入院する程でも無かった。 検査データが出た頃には点滴は終わっていた。
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