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「イタタタ……」
スクーターを走らせながら彼――久遠ハルは激しく後悔していた。
緊急事態とはいえ思いつきで飛んだのは失敗だった。
《……バカじゃないの? 二階から飛んだら痛いなんて常識よ、ハル》
虚空から常人には聞こえないであろう、皮肉を込めた声が投げかけられた。
もちろん、今スクーターに乗っているのはハル一人である。
それでもハルには聞こえていた。
きっと、今背後からハルの首にその白い腕を回している西洋の顔立ちをした少女を、認識出来ているのはハルだけだろう。
もし、仮にこの少女を見ることの出来る人間がこの場にいたなら、少女が体を宙に浮かばせたままスクーターに乗る男の首につかまっている、という超非現実的なワンシーンを目の当たりにしていたハズだ。
彼女は幽霊である。
年の頃は一六か七。
腰まで届く本人曰わく銀色(ハルに言わせれば白髪)の髪を風にたなびかせながら、少女はそのサファイアのように蒼く澄んだ瞳でハルの後頭部を睨み続ける。
「…………」
返事がないことに腹を立てたのか、少女は手を伸ばしてハルの目の前でヒラヒラさせ始める。
すっかり彼女のお気に入りになった黒いワンピースのくしゅくしゅになった袖と、搾りたてのミルクみたいな乳白色の手が視界を占領する。
たまらず、ハルは少女――アルに抗議の声を上げた。
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