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腕時計は夜の10時を指していた。
マンションのエレベーターの中で、おれは昼間のケムの言葉を思い出す。
『大切なモノを見つけなさい。』
おれに大切なモノ…?
『あたしより大切なモノを………。』
ケムより大切なモノ……。
物思いにふけながら、おれは家の扉を開ける。
「ただいま。」
「お帰りなさい。」
娘はもう寝てしまったのか、妻の声しかしなかった。
その妻は何かとバタバタしている。
「どうしたんだ、そんなに慌ただしくして?」
「どうもこうも、葵が風邪引いたのよ。」
「本当か!? 確か明後日にある中学対抗駅伝に出るって言ってなかったか!?」
娘は陸上部に所属している。
部活は中学から始めたので、当然他の部員より成績は低い。
しかし、今回の駅伝については彼女の意気込みが違った。
毎朝、会社員のおれより早く家を出て、朝練に向かう姿を何度も見ていたのだ。
おれはすぐさま、娘の部屋に向かった。
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