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「何であんな夢見ちゃったんだろ。小さい頃の夢って云っても、何だかヘコんじゃうな…」
夏蓮は小さなため息を吐くと、ベッドから下りた。
ここ暫く降り続いていた雨も上がった朝。まだどんよりとした雲が空を覆ってはいたが、覗く雲間からの光の筋が、濡れたアスファルトをキラキラと照らしていた。
今は梅雨の中休み。
しかしそれとは裏腹に、夏蓮のキモチはすっかり重く沈んでしまっていた。
「あの時、なんであんなにトオルに嫌われちゃってたのかな?」
キャミソールの上に羽織っていたパーカーを脱ごうとしていた手を止めて、夏蓮は改めて確認するかのように、透と初めて会った9年前を思い返してみた。
それは夏蓮が8歳。透が5歳の時だ。
「新しいお母さんだよ」と紹介され、ふわりと微笑む母親の横で唇をきゅっと噛み、上目遣いに真っ直ぐな眼差しで夏蓮を見やる、幼い透に会ったのは。
そのホテルのレストランでの食事中、互いの子供たちが押し黙ったままなのを気遣った双方の両親は、中庭に出てみたら?と提案してきた。
食事中、夏蓮は何度か試みはしたのだ。姉らしく、これから弟になる目の前の男の子に話しかけようと。しかしできなかった。
フォークを持つ手を止め顔を上げると、いつからそうしているのか、じぃっと夏蓮を見ているのだ。黒い大きな瞳を瞬きもせず、じぃっと。
初めは、そのあまりに強い眼差しに驚いてすぐに俯むいてしまったが、姉らしくしなければ。と意を決してちゃんと透に向き直りはした。
しかしまた夏蓮は顔を俯かせてしまったのだった。何故なら、透は、夏蓮が俯く前と同じ強い眼差しを向けていたためであった。
(もしかして、わたしにらまれてるの…?どうして??)
会食中一度も笑うことなくずっとそんな視線を向けられていると、不思議とそんな気がしてきた。
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