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「ただい…?」
夏蓮を病院に連れて行くつもりでクラブを休んだ透。玄関を開けると、母親がリビングの電話で誰かと話しているのが、ガラス越しに見て取れた。
静かにその場を離れようと横を通った時、聞こえてきた。
「…わざわざありがとう。まだちょっと熱が下がらなくて。これからやっぱり病院に連れて行こうかと…。夏蓮には坂下さんからお見舞いの電話があったこと、ちゃんと伝えますね。それから今度是非、ウチに遊びに来て下さいね。お待ちしてますわ。……はい、はい。失礼します」
嫌な予感がした。
透は今帰って来たばかりを装って、ドアを開けた。
「ただいま。電話?返事がなかったからさ」
そんな透の思いなど知る由もなく、受話器を置いた母親はにこやかに言った。
「坂下さんって言う、夏蓮ちゃんと同じ高校に通う3年の方よ。バスが一緒なんですって。それが今日は乗ってこないから、夏蓮ちゃんのクラスの人に訊いて、こうやって電話でお見舞いを下さったの。礼儀正しくて気遣いのできる方ね、坂下さんって。夏蓮ちゃんのボーイフレンドかしら❤」
「違うと思うけど!?」
「透?」
透の胸に、どす黒い言いようのない思いが込み上げる。どうにかしなくては、と。
「あ、いやさ…。もしそうなら直ぐわかるだろ。姉さんは。ただの先輩だろ。だから、母さん、勝手に先走ったりするなよ。もし仮にどちらかがそうだとしても、こう云うのはお互いの気持ちと、タイミングだからね。それを誤ると、取り返しがつかなくなるよ」
そう云うと、透は笑みを浮かべて見せた。
「確かにそうよね…。わかったわ、透」
頷き夕飯の支度にキッチンへと戻った母親に背を向けた透からは、もう、その笑みは消えていた。
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