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『はい。早瀬です。……サカシタさん…。…………お見舞いですか。それはご丁寧にありがとうございます。ですがまだ完全に熱も引いていませんので、アナタに移してしまう可能性もあります。その様なことになっては申し訳ありませんので、お気持ちだけいただきたく思います。よろしいでしょうか』
「…僕に移ると申し訳ないからって…」
急に、どこか歯切れの悪い口調になった。
電話の向こうの声音が丁寧ではあったものの、抑揚の少ない、まるで書かれた原稿を読んでいるような、不自然さを感じたからであった。
しかし夏蓮がそんなことを知る由もない。「それ、聞いてないかも…」と少し考え込むように呟いた。
そんな夏蓮を見て坂下は逆に申し訳ない気持ちになり、慌て付け加えた。
「男の人の声だったよ。落ち着いた感じだったけど…まだ若いような」
言いながら坂下は、自分自身の言葉に嫌悪感を抱いた。二言目は必要だったのか?と。
そうしてその意味を直ぐに認めると、小さく笑った。と同時に、弾かれるように夏蓮が顔を上げた。
「トオル!」
「トオルって…よく話してくれる、弟さん?」
「はい。それきっと、ううん。間違いなくトオルです。トオルったら、忘れてたのね。伝えるの。すみません、センパイ」
「いや…そんなことはいいんだ。でも…あぁそうだったんだ。弟さんかぁ…。そうだよね。弟さんがいたんだよね。いや、何だか妙に落ち着いた感じだったから結び付かなくて…」
「良く言われるんです。トオルとわたし、どっちが」
「「姉か兄なのかわからない」」
「ーって」
「ーだよね?」
重なった言葉に、2人は笑い声を立てた。
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