バス停

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「早瀬さん」 「おはようございます。坂下センパイ」 後部座席の向こう良く見知った顔を見つけると、夏蓮は会釈し後部へと向かった。 当の坂下は座席から立ち上がると、夏蓮の前にいた老婆に「どうぞ」と席を譲り、夏蓮と並んで立った。 「いつもありがとうね」 「気にしないでください。僕も助かってるんです。絶対このバスに乗って、お婆さんの席取らなきゃ、って。だから今まで乗り遅れたことないんですよ」 そう言って笑う坂下に、老婆と一緒に夏蓮もつられて笑った。 (坂下センパイって人望がある上に優しくて。その上さらっと気遣いができるなんて……すごく憧れちゃうなぁ…) 引っ越しと同時に入学した高校までの道のり。このバスに乗って通学を始めて暫くし、いつも1人の老婆に席を譲る学生がいることに気付いた。 制服と胸のバッジから、同じ高校の先輩なのだと云うことは分かったが、とくにどうするわけでもなかった。 ある日のことだ。定位置になりつつあったバス中央部の吊り革に掴まり、時間潰しにと、数日前から持参していた文庫本を取り出した時のこと。 どこか聞き覚えのあった、やわらかい声が耳元でしたのである。
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