プロローグ

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  ──一瞬。周りのざわめきが、 聞こえなくなる。 テーブルの下の、繋がれた手。 ぼんやりと眺めながら、いつものように胸に冷たい空気が流れるのを感じていた。 「ね……終わったら時間ある?」 楽しく話す同僚たちに憚ってか、 囁くように低い声。 冷たい空気が、影になる。胸をじわりと圧迫する。 きゅっと目を閉じて息を吸い込んだ。 「だーめ、ですよ。……ねっ」 乗せられた左手の薬指。細いプラチナ。 すうっと撫でながら、極力明るく、軽く。わざと鈍感なふりをして、笑う。 「……ざぁんねん」 眼鏡の奥。瞳に少し見えた失望と、逆に安堵と、苦笑い。 誠実そうに見えた笑顔の裏、隠れる小さな浮気心。 手っ取り早くその標的にされることにも 慣れきってしまった、自分。 内心うんざりしながら、 「藍さぁーん」 後輩の呼ぶ声に屈託なく返事をして、席を立った。 .
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