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ホテルの部屋に入るなり、俺は女を抱き寄せて唇を合わせた。
早く健志さんの感触を忘れたくて、貪るように唇を重ねるが……
まるで砂を噛んでいるかのように、口の中はざらつく感触ばかりだった。
ベットに入ってからも、思い出すのは健志さんの感触と、甘い低い声だけだった。
振り払いたくて……
逃れようとすればする程、健志さんは俺の中にしっかりと刻まれゆく。
「何から逃げてるの?」
エリと名乗った女は、行為が終わった後、冷めた口調で俺に尋ねた。
煙草の煙りを吐き出し、俺は少し考えてから
「叶わない想いかな」
とだけ答えた。
実際、行為の最中も健志さんを想い……エリには悪いが彼女の感触は何一つ覚えていなかった。
その罪悪感が口を軽くしたのか?
俺は珍しく本心を語っていた。
「あなたと私は似ている気がする。だから私はあなたを誘った……」
エリは俺の煙草を奪うと、一口だけ吸い込みゆっくりと吐き出した。
そしてまた言葉を続ける。
「正直、今夜はただ持て余した時間を埋める為に一人で飲んでいただけだったから、あなたとこうなる予定ではなかった。だけど……隣に座ったあなたは、何かから逃げていたのは分かった。私も現実から逃げたくてあそこに座っていたから……」
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