第五話

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田舎に移り住んだ両親が、新しく建てたばかりの家でのこと――――。 そこは住宅街ではあったが、小高い丘の南側を段々畑のように切り崩し、造成された土地だった。 夜中になれば野生動物が徘徊し、夏はカブトムシが飛んでくる、そんな場所。 2階の広間は3方向すべてに窓があり、ドアがある南側が玄関の吹き抜けに通じていた。 全ての窓を開け放すと、まるで屋外にいるかのように風が気持ちいい。 夕方の4時頃だっただろうか。 広間に仰向けに寝転び、目を閉じてくつろいでいた、その時だった。 階段を上ってくる足音。母親だろうか。 階段では確かに、それは人の足音に聞こえた。 しかし2階へ上りきったところで、足音は別の何かに変わっていた。 妙に軽やかで、歩幅の狭い…まるで、4本足の動物のような。 足音が変わった瞬間、金縛りになった。 足音は「タタタッ」と軽快に、真っ直ぐこちらに向かってきた。 つい今し方まで窓の外から聞こえていたはずの、川の水音がまったく聴こえない。 かわりに間近で聴こえたのは、体の周囲をグルグルと歩き回る動物の足音。 そして、犬のような動物が匂いを嗅ぐときのような、鼻を鳴らす音。 『それ』はまもなく、部屋の外へ出ていった。階段を下りる音はしなかった。 金縛りもフッと解けたが、暫くの間は天井を見つめたまま呆然としていた。 後で母に確認すると、やはり「2階には行っていない」という。家には他に誰もいない。 辺りが暗くなった頃、母が庭にパンをばら撒いていた。 「ここにね、沢山の狸がごはんをもらいにくるんだよ」 ああ、そうなのか、と思った。 恐怖ではない、あのときの奇妙な感覚。悪いものではない気がしていた。 あれはきっと、この土地を守る動物の霊。 この場に住み着く人間がどんな奴らか、ちょっと見に来ていたのだろう。
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