第十六話

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3年前、私の兄はとあるアパートの1階に住んでいた。 スーパーやバス停などは近かったが、窓のすぐ向かい側に高い塀が そびえているせいで部屋はいつも薄暗く、常に湿気に満ちた陰鬱な部屋だった。 ある日曜日の昼間、うとうとと仮眠を取っていた時のこと。 兄は何となく人の気配を感じ、まだ頭がはっきりしないまま目を開けた。 仰向けの兄の上に見知らぬ人間が馬乗りになり、顔をのぞき込んでいる。 長めの髪と体型で、かろうじて女だと分かった。 「あ……れ……」 女はぶつぶつと、何かを呟いている。 眠気が一瞬で吹き飛んだ。 体を動かそうとしたが、ぴくりとも動かない。 それどころか悲鳴さえ出せない。 兄がもがいている間に、女は両手を近づけてきて、兄の首をぎゅっと締め上げた。 「……れ……あや……謝れ……」 女の言葉が次第に聞き取れるようになってきた。 低く絞り出すような声で、そう呟き続けている。 「ごめんなさい! ごめんなさい!」 分かった瞬間、兄は叫んだ。声は出なかったが、少なくともそのつもりだった。 そして直後、気を失った。 やがて気がついた時には、室内には誰もいなくなっていた。 現在は別のアパートに引っ越しているが、あの部屋で何かあったのか、 何を謝れと言っていたのか、3年経った現在でも分かっていない。 【完】
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