第十九話

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男は、何も答えられなかった。答え様がなかった。黙っていると、電話の相手は続ける。 「あなた、『キュルキュル』の?」「あなた、『キュルキュル』の?」「あなた、『キュルキュル』の?」 何度も聞いているうちに男の恐怖が爆発したのか、相手に叫ぶ。何が言いたいのか。何か答えてくれ。 頼むからやめてくれ。俺を殺さないでくれ。大別すればおそらくはそんな内容だった。 電話の相手はただ同じ内容を繰り返し、男も叫び続けた。何時間も何時間も聞き続け、 とうとう朝になってしまった。そのころには男の顔は涙と鼻水でくしゃくしゃで、 それでも枯れた涙声で相手に聞き続けていた。ずっと叫び続けていたせいか、咳が出て、 なかなか止まらず咳き込み、叫ぶのをやめて呼吸を正そうとした。そして男はあることに気がついた。 今まで早送りのようで何を言っているのかわからなかった『キュルキュル』が、ゆっくりになっている。 耳を傾けていると、またゆっくりになった。男は凍りつき、呼吸するのも忘れて聞き入った。 だんだんと遅くなっていく。まだ何をいっているかわからないが、『い』だと聞き取れた。 また遅くなった。今度は『に』と聞こえた。まだ遅くなる。『た』と聞き取れる。 次第に遅くなるが、まだ全体が聞き取れない。どうやらそんなに長い言葉ではないようだ。 手が汗でべとべとし、反対に喉はからからで張り付く。必死に聞き耳をたてる。 もう一度で聞き取れるかもしれない。それはすぐだったが、喋るまでの間が長く感じた。 「あなた、死にたいの?」
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