第二十五話

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ウチのばーさんは、神奈川のある寺の参道脇で甘味屋をやっていた。 そのばーさんがまだちゃんと若かった時の話らしい。 その甘味屋には困った客が月一で来る。 鹿だ。 寺は山の中に在って、その山からは今でも普通に鹿が降りてくる。 問題の鹿は決まった日時に来る訳ではないのだが、大体月一で店の前にやって来ては、店先にある土産物のタニシの佃煮をかっぱらっていったそうだ。 それに腹を立てたばーさんは、今度来たらその鹿の尻でもひっ叩いてやろうと、ホウキを玄関に置いて毎日を過ごしてた。 そんでもって鹿はその気配を察し切れずに、夕方に普段通り佃煮を取りにきた。 ホウキを手に取り、鹿を追うばーさん。 袋詰めの佃煮をくわえ、ばーさんから逃げる鹿。 一人と一頭は参道を駆け下りが、麓の橋の手前でばーさんは鹿にまかれた。 まだ近くに居るかもと、ばーさんは辺りを探してみると、橋の近くにある神社の鳥居の内側に佃煮の袋が中身ごと捨ててあった。 ばーさんは袋を店頭に戻すか迷ったが、鹿のヨダレまみれになっていたので、お賽銭替わりに賽銭箱の上に置いていった。 次の月も鹿は来て、ばーさんは追った。そしたら、また神社の中に捨ててあった。 もしやと思い神主さんに聞いてみると、毎月鳥居の内側に佃煮が捨てられていたそうだ。 『鹿は多分、お賽銭替わりに佃煮を供えていったんだろうけど、供えるんだったらウチの佃煮じゃなくて山の木の実にでもしてくれればいいのに』 と、ばーさんは笑ってこの話をしていた。
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