11月16日。目の悪いあいつ

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あいつは今日も鏡をみている。 神妙にみているわりには2、3秒でやめて戻ってきてしまう。 ぼんやり奴と目をあわすと、がんせーひろーだ、と返る。 以前病院行きを散々勧めたが、依然として行っていないのだろう。 奴の左目はいつも血走っている。 それで接客業をするのだから、いちおうそいつを使っている「上司」である俺からすればさすがに少しいただけない。 眼鏡をかけろと強硬に主張した時期もあったが、奴はこれもやんわりとそして頑固に右から左へと受け流した。 そういや昔そんな唄が流行っていたっけ。 「眼精疲労で済むならまだいいけどな」 突如、自分に向けて放たれるとは予想していなかったのだろう、鼻先がつくほどに通販カタログと頭を突き合わせていた奴はぴん、と頭をあげた。 俺のほうを見ているようだが焦点が定まっていない。 見えていないのだろう。 ぐり、とやおら「4」を示した右手を上げた。 親指だけ内側に引っこめて 「なんぼん だ?」 訊くと奴は目をしぱしぱさせて最高にかわいくない顔をした。 目が悪い人というのはなんだってあんなにまで顔をしかめて目を細めるのだろう。 余計見えなくなりそうな気がするのだが。 「あー……おま、「ぱー」してんのか?」 「ぱー、じゃない」 「………」 これ以上はやめておこう、もうすでに奴の顔には目が存在していない。 どっかの宇宙人にあんな顔の奴いなかったっけか。 「おーおー、オイラのまけだ」 「お前、どこぞの嵐を呼ぶ幼稚園児じゃないんだから、もっとましな言葉を使え」 ふい、と至極あっさりスルー。 ああーまあ、いつものことだ。 外は珍しく風が出ていた。 もう台風シーズンはとっくに過ぎたはずなのに、風の舞うような音が聞こえる。 「……つむじ風」 「だな。今日は鍋にするか」 やったーとソファにダイブする奴を横目に俺は台所に向かう。
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