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-光のどけき春の日に-
「あはは、来ちゃった。」
『いらっしゃいませ。今日はお一人ですか。お仕事じゃないんですか?』
「あら、OLにだって休みはあるのよ。土日は基本的に休み。」
『そうですか、私に休日はありませんからね。曜日感覚などとうになくなってしまいましたよ。』
「一流料理人、新藤 誠でも意外と抜けてる部分あるんだー?」
『あはは、私は昔からずぼらなんですよ。さ、どうぞ。今日は何になさいますか?』
他愛のない会話。
都会の中なのに都会と全く感じさせない、落ち着いた空間。
仕事に疲れた私を癒してくれる、そんな憩いの場所。
ちょっとだけ苦いコーヒー
特製苺ジャムの乗った柔らかいミルクロール
私はこの空間に心を奪われていた。
でも、それだけじゃない。私は知っていた。
この人がいなければ、この空間は成立しない。
そう思ったら、彼の存在がとても愛しくて、感謝の気持ちで一杯になった。
結局私、この人を好きになっちゃうのかな…。
そう思った。
「新藤さんさ、何でこの喫茶店一人でやってるの?」
『………。』
ちょっと黙ってから彼は静かに話し始めた。
『実はこの店は、私が以前付き合っていた女性と建てたものなのです。貴方によく似ていました。』
「………。」
『こんな立地じゃお客さんが来るわけないって、もめたんですけどね。彼女は言ったんです。【あなたが作る料理と私の笑顔があれば、お店は毎日必ず満席になる】と。』
『彼女は一年前に他界しました。正直店をたたもうかと思った事も何度もあります。でも、彼女が与えてくれた職場なんです。ここで作る料理はどこで作る料理よりも一番美味しい。そう信じているから、私はやっていけてるのです。』
「…ごめんなさい、変な事を聞いちゃって。」
『いえ、きっと彼女も喜んでくれています。貴方がこうして来てくれて、私の料理を召し上がってくださっていますから。』
私は、馬鹿な事を聞いたと後悔した。
同時に、少し脈があるんじゃないかと意気揚々としていた自分に腹がたった。
「あの…。」
「また、今度来ますね…。」
そう言って私は店を後にした。
【BGM もう一度…feat.BENI...童子-T】
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