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【6月3日(8時15分)】
空は晴天。白々とした雲は悠々と空を流れる。真夏ような暑さ、と言うにはまだ早いが、この梅雨の時期というのはじっとりとした湿気を含んだ。
市の中心部から出ている私鉄に揺られて十五分。電車は二駅行った先、大学前、と名がつけられた小さな駅に停車した。
駅のホームは電車の中から雪崩のように下車する学生で溢れ、たちまち活気づいたかのような喧騒で埋められた。
大学前、という駅の名の通り、駅を出て五十メートル程の所に国立大学が威風堂々とそびえ建つ。大学とは反対に三百メートルほど行けば、公立の商業高校と私立高校が県道を挟み、向かい合って建っている。
駅から出てくる学生のほとんどが二つの高校の生徒達。衣替えをおこない、似通った薄手のカッターシャツでも見分けは一目でつく。
そんな多くの学生達の中、一際目立つ学生がいた。
私立湖南高校二年D組の生徒、【森 熊次郎(もり くまじろう)】──黒髪短髪に黒縁眼鏡。ふざけたような名前だが、あだ名ではない。“名は体を表す”の言葉の如く、身長に比例するようにがっちりとした大柄な体格は、見た者に“熊”を連想させるほど。
学生達で溢れかえる群の中でも、その体躯(たいく)は抜きん出ていた。
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