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(――ここは、どこだ?)
創は朦朧〈もうろう〉とする意識の中、頭の片隅で痛みを認識していた。
特に強く痛みのする箇所を見ようと、或いは触ろうとするが、首はおろか指先をぴくりと動かすことすらできない。
彼の眼前には、雲一つない、『快晴』というに相応しい晴天が広がっている。
(空?)
ようやくその色を認めることのできた創は困惑した。
なぜ、視線の先に空が存在しているのか、と。
しかし、そんな疑問もすぐになくなる。
(そうか。俺、今仰向けになってるんだ)
その通りだ。
創は固く冷たいアスファルトの地面に、自らの血で服を染めながら仰向けに寝ていた。
それを自覚すると、彼の頭にはほんの数分前の出来事が逆流し始める。
塾へ向かう道中。落ちていく夕日。遅刻間際の時間。
横断歩道。黄から赤に替わろうとする信号。
視界の端に映るトラック。けたたましいクラクション。体に走る衝撃。
耳に入る叫び声とざわつき。
一つ一つは断片的な映像でも、それらは創の身に何が起こったのかを物語っている。
(轢〈ひ〉かれ、たのか……?)
やっと自らの身に何が起こったのかを理解すると、創の視界が徐々に鮮明さを増していった。
自分を取り囲む野次馬や、先程までは雲の無かった空に出来ていく一筋の飛行機雲。
そしてその全てが彼の目にはスローモーションに見えている。
(はは、呆気ないな。人って、こんな一瞬で死ぬんだ)
創は心の中で力なく笑った。それは自分に対する卑下でも、人類などという大規模なものに対する冷笑でもない。
ただ、簡単なことで消える人の命に、嘆きに近い感情が現れたに過ぎない。
(そろそろ……か。まさか走馬灯も見えないほど、この世に未練もないなんて。まあ、いいや。怖くもないし。――……駄目だ。瞼〈まぶた〉が、重……い)
周囲を飽和状態にするほどに鳴り響く救急車のサイレンの音の中、創は、ゆっくりと瞳を閉じていった。
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