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「未來。宿題うつさせてくれる?」
おはようという、朝の挨拶を無視して時音は言った。彼女は約三週間、学校に来れなかった。幼なじみで「彼氏」だった少年を交通事故で亡くし、そのショックで休んでいたのである。ここ二、三日なんとか復帰して学校に来ているが、勉強が分からないのである。だから、彼女に宿題を借りるのだ。
机の中からクリアファイルを取り出し、数学のプリントをだすと、溜め息をついて時音に渡す。
「ごめんね、ありがとう。さすが優等生だね」
にっこりと時音は笑うと、自分の席に戻る。本人に悪気はないのだろうが、彼女が発した「優等生」の一言は癪にさわった。怒りこそあらわにしないものの、席に戻った彼女を一瞥する。
「ま、仕方ないか」
小さく溜め息をつく。
こんな皮を被って周囲の空気に流されたのは自分だ。つまらない生活、退屈な生活――それを望んだのは自分自身なのだ。今更、後悔して腹をたてても遅い。
未來はそうたかをくくる。これも、いつもの事だ。彼女の変わらない日常である。
一限目の始まりのチャイムが鳴る。数学の教師が入って来ると同時に、未來は大切な事を思い出す。教師の一言と共に。
「後ろから宿題あつめてこい」
慌てて時音を見ると、彼女は舌をちょろっとだして、未來に頭を下げ手を合わせていた。
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