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フェンスを越え上靴を脱ぐ。びゅうびゅうと下から風が吹き、スカートが捲れそうになったが、彼女はそんなことを気にせず、一歩踏み出す。目を瞑り風の音を聞こうとする。強い衝撃と痛みを想像し身を震わせる。しかし、何も起こらない。恐る恐る瞼を持ち上げて、未來は息をのんだ。
眼下に広がるのは中庭。未來自身は一歩踏み出したままの状態で静止している。風もない。まるで、時が止まってしまったようだった。一人の例外を除いて。
「勝手なことをしないで下さい」
黒いシルクハットに黒いロングコート姿の青年。切れ長の赤い瞳と三つ編みにされた銀色の長髪が、青年の歪(いびつ)な雰囲気をかもしだしている。更にステッキを片手に持ち、空いた片手で頬を掻き、未來の前に立っている。否、浮かんでいる。
これは悪い夢だ、もしくは目の前にいる手品師に魔法をかけられたのだ――そう思いたかった。
「夢じゃないですよ。残念ながら」
青年の言葉に未來は焦った。全てよまれているのだろうか、と思うと怖くなった。しかし、そうでもないようで青年は溜め息をつくと、彼女の浮かんだ片足をコンクリートの地面に戻す。そして言った。
「俺は命神〈イノチノカミ〉の空紅(からくれない)です。生きとし生ける者の生命(いのち)を司る者。単刀直入に言います。勝手に死のうとしないで下さい」
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