充実した一時間は忘却と不注意の数世紀より価値がある。

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「お前と付き合ってから他の女に惚れられなくなったんだよ。どう責任とってくれんだ」 あいつの好きだったD社のミルクティーを置く。 あいつの嗜好は熱しやすく冷めやすいが基本だったから、もう飽きて違う野菜ジュースにでもハマってるかも知れないけど。 あれから俺は、誰とも付き合ってない。 それは勿論、遙という枷を負っているからじゃない。ただなんとなく、好きになる女がいなかったから。 遙と付き合っていた『所為で』、他の女がイマイチに見える。 想定外の事態だ。 「――千尋さん」 「弘……」 かけられた声に振り返る。やや小柄な体躯の遙とは真逆にかなりの身長を保有している、遙の弟がいた。 「それ……付けてるんですね」 俺の左手に視線をやりながら言う。 その視線を追わなくても、先に何があるかはわかる。 「……まあな」 微かな笑みと共に答えれば、弘も年不相応に大人びた顔に仄かな笑みを浮かべた。
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