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深い森の奥深く。今ではもう忘れ去られ、朽ちて蔦や苔に覆われた廃墟と化した神殿を訪れた者達がいた。
一人はエルフの青年。一人は人間の少年。青年はある楽器を手にし、少年は手ぶらだった。
「リーン、ここ、すごいね!!」
「おや、何故そう思われたのです?」
物珍しそうに辺りを見回す少年に、リーンと呼ばれたエルフの青年が問う。そこにはやや驚きの色が含まれていた。
「うーん……よくわかんないや。でもね、すごいっておもうんだ」
「ふふ、そうですか。わたしもここは凄い場所だと思いますよ」
「なんで?」
今度は少年が青年に尋ねた。青年は少年に微笑み、廃墟の一角に腰を下ろす。青年にならって、少年も青年の隣に腰を下ろした。
青年は持っていた楽器、リラを爪弾きながら語り始める。
「遥かなる昔、人は森の奥深くに神殿を建てた。それは自分達のためではなく、精霊達のため。時に実りを、時に災いをもたらす精霊達に、休息の地を与えるためだった。精霊は人に感謝し、時折その神殿で体を休め、時に人と戯れた。時が流れ、人々が神殿を、精霊達の休息の地を忘れようと、その地が朽ちようと。精霊達は古の人々を忘れず、今もその地で体を休めるそうな……」
静かな森に青年の声とリラの音がゆっくりと溶けて、消えた。
「じゃあここは、せいれいさんたちがいまでもやすんでるんだね」
「きっと。もしかしたら、リュグの前にも姿を見せてくれるかもしれませんよ?」
「ほんと!? ボク、ちょっとたんけんしてくる!!」
「あまり遠くには行かないで下さいね」
青年の声は聞こえただろうか。少年の小さな体は、あっと言う間に廃墟の中に消えてしまった。
再び、青年がリラを爪弾き始める。
“ありがとう。覚えていてくれて”
姿無き声が青年の鼓膜を揺らす。
小さく笑みをこぼして、青年は虚空へと言葉を返した。
「お礼はいりませんが、出来たらリュグと遊んで下さると嬉しいですね」
“僕達は元からそのつもりだよ。君が来たのは何百年も昔でしょ?久しぶりの来訪者だもん。歓迎するよ”
「有り難う御座います」
ふわりと微笑んだ青年に返事をするように、一陣の優しい風が吹き抜ける。
青年と少年が廃墟と化した神殿を後にするまでの数日間。二人しかいないはずの神殿には、複数の楽しそうな笑い声と穏やかなリラの音が響いていた。
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