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「たくさんの人に僕の歌を聴いてほしかったなぁ。もちろん、ふたりでその夢をつかみたかった……」
「わたしはもっぱら応援席だったけどね」
彼女は冗談ぽく笑った。思わず彼の口からも笑いが漏れる。
「最強の応援団長だったよ」
「いやだ、なによ応援団長って」
「ユキがそばにいてくれたから、がんばってこれた。本当にありがとう」
やけに空がきれいな夜。空気は澄んで、星が輝く。
ふたりは静かに寄り添っていた。
「たくさんの人に聴いてもらおうよ。その歌」
「――え?」
「大丈夫。――ちゃんとわたしが、あなたの意思を伝えるから。たくさんの人にあなたの歌を届けてみせる。だから、だから心配しないで」
「……ありがとう」
彼女の言葉を聞き、安心したのか、彼はこくりとうなずくとそのままゆっくりと目を閉じた。とても穏やかな顔をしている。そして彼は、二度と覚めることのない、永遠の眠りの中へと落ちていった。
まだあたたかい彼の手を握りながら、彼女はぽろぽろと涙をこぼした。
この夜、彼女は大切な恋人を失った。治らないと言われた病気だった。
自然に囲まれたこの村に生まれ育った彼女が、恋人が残していった歌を、日本中のたくさんの人々に伝えるため、一丁のギターとたくさんの思い出をお守りに、今飛び立とうとしていた。
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