獣人の世界

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  だからと言って、簡単に諦めることもためらわれる。 「……じゃあ、やっぱり俺だけで……」 「死にたいの?」 間髪入れずに少女がたしなめる。 「あんたはきっと、怪物の恐さがわかってないからそう言えるのよ。あいつらは本物のケダモノなんだから。肉を引き裂き、骨を砕いて、血を見ることだけが存在する目的なのよ」 吉人は身震いした。 そんなやつらに遭遇してしまった場合のことを想像したのだ。 命の危険があるなら、素直にこの少女に従う他ない。 「わかったよ……」 今日のうちに帰ることはできなくなった。 「でも、そしたら俺は明日になるまでどこにいたらいいんだ? この森の外に出て、どこに泊まればいい?」 少女の言うことが本当なら、ここで野宿など危険極まりない。 なら、森の外に宿でもあるんだろうか? だが、返事はなかった。 「…………おい?」 「シッ!」 少女は口の前で人差し指を立てる。 その目はこれまで以上に真剣で、じっと森の奥を見据えていた。 猫の耳がピクピクとしきりに動いて、少女はずっと集中している。 「走るわよ」 短く吉人のほうも見ずに言って、少女は突然背を向けて走り出した。 「えっ、ちょっと待――」 その瞬間、静かな森が声を上げたようだった。 それまで木の陰に隠れていたそれが、飛び出したのだ。 吉人は少女の後を追いながら、それの姿を垣間見る。 黒い身体、蝙蝠(こうもり)のような翼、頭に生えた二本の角、裂けた口から覗く牙。 そして、何かを獰猛に求めるような、残忍なまでに赤い瞳。 正真正銘の飢えた化け物が、後ろから迫ってきていた。  
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