左利き保護法案

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かくして、華々しくこの世の中に生まれ落ちた『左手保護法』の骨子は以下の通りである。 ・日常生活に於いて供される物品(生活雑貨品の類)は、左手を聞き手にする人(以下左利き者)の使用にも配慮し、その仕様によって左右の利き手によって不便が生じる恐れのある物については、その双方用の製造を義務づけることとする。 ・公の使用に供される物品(自動販売機、エレベーター等)に於いても上記と同様のこととする。 ・左利き者専用の物品が広く不便を感じなくなるまでの間、左利き者に対する各種年金、諸手当等は一律2パーセントの上乗せをする物とする。 但し、完全に左利き者が不便を感じなくなったと認められた後は、従前通りに戻す物とする この法案により、活気づいたのは製造業である。 左利き者用製品が義務づけられたことにより、新たな顧客層と生産ラインが確立された。 各社はこぞって『ニューバリアフリー』をうたい文句にした新製品を発表し、特に自動販売機を使用する各社は慌てふためいて左利き用製品を発注した。 ここのところ低迷を続けていた株式市場は、突然の高値にわいた。 停滞気味だった日本経済は、皮肉にも経済政策とは全く無縁の『思いつき』法案によって息を吹き返したのである……。 「いや、それにしてもいつもながら見事な総理の手腕、頭が下がる思いです」 慇懃な笑みを浮かべつつ、男は山田首相の持つ杯に酒を注いだ。 確かこの男は経済界の大物である。 山田首相は豪快にそれを飲み干すと、大声で笑いながら言った。 「ここまで底を打ってしまっては、正攻法で何を言っても無駄でしょう。批判の矢面に立たされるのがオチだ。反面福祉の充実や人権擁護を全面に出せば表だった反論は激減します。皆悪人になりたくないだけですよ」 再び目を合わせ、両者は笑った。 「しかし何ですな。これで次期総裁選も総選挙も圧勝は見えたも同然。民自党は安泰、総理は文字通り『左団扇』の生活ですな」 ……『左利き保護法案』 陰ではさんざん無意味だとこき下ろされたこの法案は、目立った批判もなく、野党からの対案も出されることもなく、先天的には左利きで後右利きに矯正された人や、潜在的左利きへの対応を調整した後、次の衆議院で可決成立する見通しである…。 くどいようですが、この話はフィクションであり、実在する同名の人物団体機関などとは一切関係はありません。
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