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この家のどこかで、奴はじっと息をひそめこちらをうかがっている。
どんなに目を凝らしても、奴の姿を見ることはできない。
けれど奴は確実にどこかにいる。
そして、恐怖に震える私の姿を見て、ほくそ笑んでいるのだろう。
ああ、おぞましい。
どうして私はあんな奴の侵入を許してしまったのだろうか。
悔しさのあまり私は唇をかんだが、今となっては後の祭りだ。
今の私にできることは、夜な夜な奴の存在に怯えながら暮らすか、奴を抹殺するかのどちらかだ。
泣き寝入りはしたくない。
落とし前は自分でつける。
私は奴が立てる音を察知すべく、五感を耳に集中した。
がさり。
部屋の片隅で嫌な音がする。
瞬間、私はそこに視線を向ける。
あわてて私は『悪魔の兵器』を手に取り、狙いを定める。
一度吸い込めば命を失うという、最強の殺傷兵器を。
そんな私のことなどつゆしらず、奴は姿を現した。
漆黒に包まれた身体が、不気味に浮かび上がる。
その鼻先をめがけて、私は発射ボタンを押した。
白い霧は発射されるやいなや、奴の体を包み込む。
断末魔の叫びをあげるかのように、奴は床の上でもがき、狂ったようにのたうちまわる。
私は古紙回収の袋から分厚いチラシを二枚取り出すと、奴の上にかぶせ力任せに圧力をかけた。
ぷち。
嫌な感覚とともに、奴は潰れた。
無様な圧死体を見るのはごめんだ。
私は殺虫剤まみれになって息絶えたゴキブリを紙で丸めとると、ごみ箱へ投げ込んだ。
終
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