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私は田咲さんの涙を手ですくって、ついでに鼻水ももう片方の手で拭った。
汚くなんかない。
本当いうと私自身そういうことにウトいわけではなくて、公衆トイレには入れないし友達とペットボトルを回し飲むのも抵抗がある。
だけど田咲さんのそれらは、自分から出たものみたいにほっとけない涙や鼻水で、何よりそういうものを汚いと感じないだけの愛情が私にはあった。
だから、少しばかり異質かもしれないけれど…
良くも悪くも、
梅木翠子(うめき すいこ)26才と、田咲有造(たざき ゆうぞう)67才は恋人同士なのだ。
田咲さんとの間には、心がときめくとかドキドキ胸が締め付けられるとかの色めき立ったものは無い。
けれど、そこには風鈴の付いた真夏の縁側みたいなのんびりした時間や、蚊取り線香の残り香みたいなホッとする空間が春風のようにそよいでいて、その上に田咲さんの語る私の知らない昔話なんかがのっかってきたりすると、今進行しているねじれたり汚れたりの現実を程よく遠ざけ、その全ては逃げ場となって私の心を救うのだった。
たぶん、田咲さんの生活自体、私の日常から少し離れたところにあったからかもしれない。
目覚ましに頼らない朝だとか、石油ストーブの上に居座るヒョットコみたいな古びたヤカンだとか、コロコロとした炭であたたまる豆炭こたつだとか、夕方5時になると町内中に鳴り響く日暮れの音楽だとか…
田咲さんの周りは並べたらきりがないくらいのほほえましさに溢れていた。
それから、田咲さんの考え方や思いやりの作り方なんかも、私の心には色濃くしみた。
私の顔からこぼれたどんよりしたものを田咲さんは上手に包んでポケットにしまい込み、それと引き替えに畑に育つ野菜の生命力や同じ様で違う青菜の名前、それから虫食い野菜の美学なんかを嬉しそうに話してくれる。
私は、そんな田咲さんの歯の隙間から唾と一緒にキラキラ飛び出す沢山の優しさが、大切で愛おしくて仕方なかった。
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