11人が本棚に入れています
本棚に追加
まぶたの裏にうつるのは、さっき見たばかりの大きな月。ほのかに光っているそのふちが、ぐらぐらとゆれているような気がする。
ぱちり、と目を開けると、そこは見なれたはずのテントの暗闇だ。
体を起こし、頭を少し入り口の方に動かすと、オレンジ色の光がテントの中に細く入り込み、かすかに揺れている。
外に出ればいくつかのテントが、円陣を組んで一つの大きな火を囲んでいた。
テントの布には、赤や青の染料で不思議なまじないの文様がえがかれ、祭壇のようなある種の独特の雰囲気をつくっている。
森のなかに小さく開けた場所にたつテントの群れは、人間たちに精霊とか、森の妖精とか言われる者たちの、定期的に移動する集落だった。
「どうしたんだ。眠れないか?」
「うん……」
火のそばで今夜の番をしているのは、少女の兄だ。
まだまだ少年といえる成りではあるが、これでも規模の小さくなってしまった集落には大事な男手のひとりである。
経験は浅いが、それなりの狩りや戦闘をこなしてきていた。
その兄の座る丸太のところに、幼い彼女はどこかおぼつかない足取りで歩いていき、そのまま隣にすとんと腰かけた。
「あのね……なんだかね、怖いの。今日のお月さま、落っこちてきそう……」
呟くように打ち明け、少女は空を見あげた。少年も同じように空を見る。
今夜は、満月だった。高い空に上ったやや青白い明るい光が、二人を見下ろしている。
ぐい、と腰巻の端をつかまれて、少年は妹の方に目線をずらす。
不安そうにうつむいた妹の頭に手をのせ、くしゃくしゃと撫でた。
「それじゃ、うたを歌ってやろうか」
「おうた、歌ってくれるの?」
「ああ。そうしたら眠れるだろ」
こっくりと大きく頭を下げた妹の顔は、次にあがってくるとうれしそうに輝いている。
最初のコメントを投稿しよう!