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「あ、お兄ちゃん」
ようやく兄が来たことに気付いた彼女は、上を見あげた。金の瞳、純白の髪、先のとがった耳。今度はまちがいなく、自分の兄だ。
「大丈夫か? 木の実拾いに行ったまま戻ってないっていうから、心配したんだぞ」
いつものように頭にのせられた手が、くしゃくしゃと撫でまわしてくる。
「あのね、お水の中にひとがいるの。お兄ちゃんにそっくりでね、でもね、お耳がとんがってないの」
妹はみたままを言葉にする。それで兄には、彼女が帰ってこなかったわけがわかって納得した。
少女はだれかの、声のないこえをきいていたのだ。
「耳がとがってないのは、まえに歌った話にでてきた『人間』だよ」
「にんげん?」
「うん。お兄ちゃんに似ていたんなら、それはたぶん、生まれる前のお兄ちゃんかな」
「おかあさんの、おなかのなかなの?」
少年は首をよこにふった。それから、もはや朱く染まりはじめた太陽のほうに顔をむけ、目をほそめる。
「お母さんのお腹の中より、もっとずうっと前だよ。僕たちは、うまれる前は人間だったんだ」
「あたしも?」
「うん、そうだよ。もしかしたら前も、お兄ちゃんの妹だったのかもな」
それでお前をみていたのかも、と笑い、少年はやさしい旋律を唇にのせた。
『月の涙に集え
さまよえる音なきかばね』
『うつろう時の波
ねむれぬ夜にゆるゆると』
『わが胸にかえれ
時をこえ結ばれしむくろ』
『とわに縛りし咎の鎖を
われ今ここで断ち切らん』
『願うは幾多の星に
乞うはなんじの心に』
『やさしき雨は天より降りて
いつか花を添えるだろう』
『木々の涙が
やがては琥珀となるうちに』
『太陽の舟にのり
幾千のちにかえることを』
『われ祈る
大地の母に頼み乞う』
『月の涙に集い
いまは天に休め』
『太陽の舟にのり
かえる時をしばし待て』
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