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さて、今宵語りまするは、異国に伝わる不思議な物語でございます。
とある国に、それはそれは美しい娘がおりました。
他の娘が織物や糸紡ぎを日々学ぶ中、この娘は機も織らず、糸も紡がず、野山を駆け回っておりました。
ある日娘は、いつものように山の中を歩くうち、碧の水を湛えた美しい沼を見つけました。
近付いて淵を覗くと、一匹の魚が網にかかっております。その鱗は七色に輝き、たおやかに揺らぐひれは真珠色、目は沼の水を映した碧玉という、まるで見た事もない魚でございました。
娘はうろうろと頼りなく泳ぐ魚を哀れに思い、網を解いて逃がしてやりました。魚は嬉しそうに一つ跳ね、そのまま水に消えていったのでございます。
それから時が経ち、娘はますます美しく成長しました。その美しさ故、国の王に見初められて、やがて妃となったのです。
しかし娘には、王の服の布地を織る事も、その糸を紡ぐ事も出来ません。
国中で王妃は怠け者との噂がたち、王は妃を狭い部屋に閉じ込めてしまわれました。
側には糸車と織機と縫い針、絹の繭しかございません。王は妃が素晴らしい服を仕立てるまで、そこから出さぬおつもりなのです。
慣れない車をからからと回し、太さの揃わぬ糸で織機を動かしてみても、目の粗い布ができるばかり。
山が恋しいと嘆き、やがて食事もとらなくなって、日に日に妃は痩せてゆきました。
そうして幾年が過ぎた、ある晩の事。
指先を傷だらけにし、泣き腫らした顔がまるで老婆のようになった妃が、ふと織機から離れますと、僅かばかりの月光が差込む窓の下に、なにやら人影がございます。
戸が開いた様子もなければ、窓などとても人の通れるものではございません。
妃が驚いて後退りますと、逃がすまいとするかのように、影はするりと側に寄ってまいりました。
そうして妃の耳元にて、そっと溜め息のように呟いたのでございます。
「何、そのように怖がる事はない。そなたがあまりに涙を流す故、ちとばかり気になっただけだ」
ささやかれたそれは、男のものでありました。
妃はまた少し離れてよくよく男をみますと、その白い肌は月光に映え、螺鈿のごとき髪は五色に波打っております。
まるで自ら輝くような淡い姿に、困ったように首など傾げるその顔は、確かに人世離れしたもののようでございました。
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