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「えぇい、王であろうがなかろうが、妖など悪しきものに決まっておろう。ともかくこの女はわが妃。貴様などに渡しはせぬ」
「勘違いも甚しい。我は元より何を奪うつもりもなし、そもお妃は、そなたのものでなかろうに」
はて、男の静かなその言葉に、王はふと疑問を感じたのでございます。剣を抜いて男に突き付け、問いを口に致しました。
「奪うつもりがない、なれば何を?」
「先も申し上げたが、お妃の傷を癒しに。……いや、昔の恩を返しに、か」
「妃は我がもの、それは変わらん。そうでないと申すか?」
「左様、お妃はお妃自身のもの故。はて、まるで奴隷のごとき言い種にあられるな?」
からかうように笑ってから、男は妃の方へ顔を向けます。すると妃は少し目を伏せ、恥じらうような笑みを浮かべたのでございました。
王はますます怒り、男の首をはね飛ばします。すると男の首はさもおかしいと言わんばかりに、けたけたと笑いながらその足元へ転がりました。
数瞬遅れて体がどうと倒れましたが、首と共に煙のように消えてゆきます。
王は露の一滴さえつかぬ刃を握ったまま、妃の方を向きました。するといま首をはねたばかりの男が、妃を抱えて佇んでいるではありませぬか。
「あまり奪うというものだから、我もその気になってきた。お妃も悪い気はなさらぬようであられるな」
男は一つ微笑むと、妃と共に月の光に消えました。王は赤くなったり青くなったりしましたが、時はすでに遅し。それからしばらく寝込んでしまったということでございます。
さて男に連れられた妃は、天の月の光の中におりました。
天を流れる川の中、彼女をのせて泳ぐのは、七色の鱗と真珠のひれの、大きな魚でございます。
魚はやがて、女の故郷に程近い、あの碧の沼の真上に来ると、するりと沼の側へと舞い降りました。
そして女を地におろすと、螺鈿の髪の男へと変じたのでございます。
「我は見ての通りのもの故に、そなたを養う事はできぬ。いくら望まれても、そなたと共には在れぬのだ」
女は哀しそうに目を伏せます。男はそっとその背を包みましたが、月の明かりに照らされて潤んだ目が、薄桃色の唇が、彼を見上げて何度か震えるばかりでございました。
「今夜だけは、側におる。だから夜があけたら、家へおかえり」
男はそう言って、女の顔も見ずにその肩へ額を当てさせたのでございました。
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