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やがて夜が明け、男はもとの魚となって沼の底へと消えました。
しかし女にとっては、男が人であろうと魚であろうと、関係はなかったのでございます。
沼の縁に腰をかけ、足を水に浸しながら、女は幾日も幾日も、魚が姿を現すのをまっておりました。
昼間は沼の水に穏やかな目を思い、夜は月明りにその美しい髪と肌を思い。
しかし魚は、二度と女の前に姿を現しませんでした。それでも女は、待ち続けました。
そうしているうちに、女の足は泥に潜って根を張り、やせ細った体は草の茎に、薄桃色の唇を含めた顔は、幾重もの花弁をもつ花へと変わっていったのでございます。
小魚の鱗が光る度に広げていた腕は、日の光を遮るように丸い葉となりました。
魚たちはやがてその葉の影で、降り注ぐ夏の光から体を休めるようになりました。
いまも碧の沼に睡蓮が咲くのは、こういうわけなのでございます。
……もしか致しますと女は今も花の姿で、七色の魚を待っているのでありましょう。
さて、遠い異国の神代の物語は、これにて終いにございます。
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