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1582年6月の早朝。
炎に包まれた本能寺を見つめ、事件の首謀者・光秀は、
(残されたのは、死だけか)
と、思った。
燃え上がる炎は、建物を灰に変え舞い上がらせ、現在にあるものですら容易に灰塵と化すことを見せつけていた。
信長ほどの、この島国の大半を戦火に包んだ男ですら、火煙に呑まれてしまった。
光秀――。
この男にも死が近づいている。
刻々と。
涙に染まりそうになる瞳を隠すために、光秀は瞼(まぶた)をとじる。
同時に、秀吉と語り合っていた光景が、目の前にあるかのように、浮かんでくる。
「羽柴殿、頼みがある」
元来、親密でなかったゆえに秀吉の顔には不審の色があった。
その不審を、秀吉が天性の朗らかさでごまかしていることも、光秀にはわかりきっていた。
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