62人が本棚に入れています
本棚に追加
途端に煙草とコーヒーの香りが混ざり合ったような、よどんだ空気が流れてきた。
この部屋の匂いだ。
もう嗅ぎなれた。
靴を放り投げるように脱いでいると、篠乃さんがにやにやしながら出てきた。
「あんたなんか階段で騒いでたでしょ?ここまで聞こえてるっつの」
「別に。舌打ちしただけだよ」
「暴れてなかった?」
「壁に当たってただけ。それより鍵しめたら。いくら田舎だからって、今どき」
篠乃さんはハイハイと笑いながら、台所に入って行った。
私は勝手に上がり込み居間のソファにだらしなく倒れ込んだ。
「疲れた…」
「あんた本当そればっかだね。若いのに、かわいそう…」
「篠乃さんこそギリで三十路前なのにすでにオヤジ臭とか…可哀想」
言い終わるか終わらないかのうちに、いきなりスリッパで頭を叩かれた。
信じられない。
これが25過ぎた女のやることなのか。
「そういえばさぁ…」
「…何」
顔をあげるのも面倒で、目だけを篠乃さんに向けた。
篠乃さんはパソコンの前の座椅子に、あぐらをかいて座っていた。
「沙夜ちゃんって娘のお母さんって」
「…沙夜?」
「あんたの友達の」
「いや、それは分かるけど…。
…沙夜が何?」
「自殺しちゃったんだってね」
「あぁ……噂になってた。来たばっかの頃」
私は身体をおこしてソファに座った。
.
最初のコメントを投稿しよう!