…三…

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『飛鳥の小径』は、その名の通りの小道だ。 かなり基準を下げなければ『大柄』のカテゴリーに入るのは難しいサクラでも、両手を広げれば簡単に『通せんぼう』が成立してしまう。 一般的な成人同士がすれ違うには、多少なりとも譲歩と思いやりの心が必要になる。 そんな小道も、今の時間なら独り占めだ。 誰に気兼ねする事もなく道の真ん中を歩く。 雨上がり特有の清々しい潤いを含んだ大気に、木々や草花の香気が混じり合い、優しく鼻の奥をくすぐる。 思わず深呼吸。 一呼吸ごとに柔らかな活力が流れ込んでくる心地良い感覚。 「あぁ!癒される!!」 ぐっと体を伸ばす。 木々の隙間からこぼれる弱い朝の光の中で、濃密な空気中の水分が、キラキラと輝いて見える。 視界に入る全ての物が、新鮮で、周囲を見回さずにはいられない。 視線を路上に落とすと、散り落ちた桜の花びらがそこかしこに洲を作っていた。 そのまま視線を右手側に移す。 線路沿いに古びた建物。 よく見ると看板らしき物が見える。 どうやら赤ちょうちんらしい。 古き良き昭和の雰囲気満点の風景だ。 ここが都内。 しかも東京駅から二十分程度。副都心たる新宿からでさえ、三十分程度の立地条件とは思えないのどかさである。 すぐ脇を結構な頻度で電車が通っている筈だが、まったく気にならないから不思議だ。 折しも、上野方面からの列車がホームに滑り込んで来た。 「?!」 視界の端で何が動いた。 眼下の斜面。 ブロックに覆われたその上を、無数の花びらが風を受けて、舞い流れていく。 「…きれい!」 なんだかとっても得をした気分だ。 感動の余韻に浸りながら歩を進める。 程なく、小径は二つに分かれた。 左は上に続く少々急な階段。 正面は、緩やかに下っていく。 どちらを選ぶか? しばし思案。 まっすぐ行くのも悪くない。 ただ、位置関係を考えると飛鳥山を出てしまう可能性が大きい。 そうなると目の前は交通量の多い車道の筈だ。 いい気分が台無しになる。 サクラは左に歩を進めた。 階段を昇りきる。 見上げた視線の先に満開の桜!! 「う、、わぁ!!」 思わず声が漏れる。 足元に視線を転じれば、色とりどりの春の花々。 上がるテンション! 足どりも軽い。
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