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「やぁ、ご機嫌ですねぇ」
「そりゃ、、」
そうですと言いかけて、サクラは硬直した。
……え?…誰?……
背中を冷たい何が滑り落ちていくのを感じながら、恐る恐る視線を向ける。
背後の桜の木の下に、声の主はいた。
軍物とおぼしき暗緑色のハーフコートを無造作に羽織り、カラフルなレジャーシートに足を伸ばして座っている男性。
あまり手入れの行き届いていない長め髪と、フチ無し眼鏡の奥の眠そうな眼が特徴的だ。
距離にして三、四メートル。
至近距離だ。
…ヒクッ!…
笑顔がひきつる。
気づかなかった?
自身のその迂闊さに驚かされる。
相手に『その気』があればやられている。
いくらテンションが上がっていたとはいえ、仮にも悪の組織と日々戦っている身として、この油断っぷりは如何なものか?
それもある。
だが、だがしかし
今のサクラには、それ以上に確認すべき事があった。
その確認は、サクラにとって多大な覚悟と勇気を要求した。
大きく一回深呼吸。
覚悟を決める。
「す、、すいませんっ!失礼ですが、いつ頃から、、そちらに?」
わずかばかりの期待を込めた問い。
「あぁ、、そーですねぇ?少なくとも『うわぁ!綺麗ぃ!!』の辺りには既に、、」
…カッ!…
覇気も熱意も感じられない男の一言に、サクラは一瞬にして自分の顔が紅くなるのを感じた。
見られてたぁ!!
自身でも、成人女性としては、ちょっと、、とは、、。
いや、、誰もいないと思ったし、、。
そもそも桜が、あんまりにも綺麗なせいで、、。
猛烈なスピードで、頭の中を言い訳が駆け巡る。
…ちゃりーん…
軽やかな金属音が真っ白くなりかけたサクラの意識を引き戻した。
いつの間にか指先から滑り落ちた五百円玉は、アスファルトの上で意外なくらい高く跳ね上がり、路上を越えて地面に落下。
その勢いのまま、男の足元に転がっていく。
サクラの視線が追う。
視界の端で何か動いたと思った瞬間。
五百円玉が消えた。
正確には、靴の下に、、だ。
『踏ん付けられた』
としか表現のしようがないくらい見事な踏み付けっぷりだ。
その様子に軽い既視感を覚え、サクラは思わず男の顔を見た。
眼が合った。
感情の読めない眠そうな眼。
既視感は、ある種の不可思議な確信に変わりつつあった。
「やぁ、お久しぶり」
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