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空を見ていた。薄暗く、しかし未だ星の瞬きが視認出来ない程度の薄闇の中、周囲に生え茂っている草の匂いでむせ返ってしまいそうな、公園のベンチに座りながら。
「……きれいだなぁ」
そこにいる、幼い頃の自分。
特に言語において顕著なほど秀でた才覚が無かった僕は、ともすれば一般の小学校低学年が十中八九抱くであろう単純な感想を、そのまま自身の口より呟いていた。
「ほんとだ。でも雲でお空の色が、あんまり見えないね」
と、隣に座っていた妹が、特に返答を期待していたわけでもない僕の独り言に、わざわざ律儀に答えてくれた。
「そうだね。でも、夕方からは晴れるってテレビで言ってたから、きっとすぐに雲なんて無くなっちゃうよ。そうしたら、お空の色も見えるようになるよ」
「……お星さまも?」
「もちろん。何だったら、どっちが先にお星さまを見つけられるか、勝負する?」
「するするー!
しょうぶしょうぶー」
それはなんてことのない、互いに幼い時分の妹との他愛無い思い出話。
たいした必要性もなく、かといって性急に忘却しなければならないほどいやな思い出なわけでもない。普通の人間ならば、記憶の片隅に二、三個あっても何の違和感もない。本当に他愛ない、過去のお話。
それが、いつからだろう。思い出さなくなったのは。
それがいつからだろう。記憶に穴が開いたかのように、それを体験した実感が全身至る所で湧かなくなったのは。
そしていつ以来だろう。
そんな昔話を、こうして思い出しているのは……
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