異空間

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玄関から一歩足を踏み入れると、そこは、まったくの別空間だった。 壁を壊して一間にしたんだろう。 ものすごく広い空間が、そこに現われた。 天井も取り払われ、骨組みが、壁に影を作っている。 古い床の上には、センスの良い家具達が、まるでここに並べられるのを知っていたかのように、キッチリ並べられ 南向きの窓からは、明るい日差しが、木漏れ日として流れ込んでいる。 「わぁ…」 思わず綾は、感嘆の声をあげる。 「ゴメンね、汚くて」 茂木はそう言ったが 投げ出された書類や文房具までもが まるでインテリアのように、ぴったり合っていて 綾は、ただただ見とれるばかりだった。 「本当、久しぶり。 あ、そこ座って。 山口はコーヒー大丈夫?」 綾はコクリと頷いて、窓際のイームズの椅子に腰掛けた。 やがて茂木が、センスの良いカップで、香ばしい香りを運んできた。 いつも飲むコーヒーも、この空間の中では、まるで別の飲み物のようだった。 綾は、まるで大切なものを持つかのように、両手でカップを包み、そっと口をつけた。 「変わらないね」 茂木が、口を開いた。 変わらないなんて、とんでもない。 5年の結婚生活ですっかり綾は変わってしまった。 くたびれたスーツは、安物だし、伸びたまま揃えられていない髪の毛は、隠すように、一つに纏めただけ。 相変わらず、ヨレヨレだけれど、センスの良い服を身に着けた茂木の前にいるのが 一気に恥ずかしくなってしまう。 「そう? すっかり歳をとったよ。 茂木君こそ変わらないね」 「そうかな。 僕も歳をとったよ。 山口は加賀屋と結婚したんだっけ?」 久々に聞く加賀屋の名前。 「そう。 でも離婚しちゃった」 茂木は、それが当たり前だったかのように 「そうなんだ」 反応はアッサリした物だった。 何も聞かれないのが寂しいような、楽なような… 不思議な自分に気付いて、綾は身を縮めた。 (そりゃそうか。 何の関係もないんだし)
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