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顔を再び前に向ける刹那、一人か二人が、ドリタ人に襲われているのが目に映った。
イザヤから離れつつあったジンが、「行け」と言って河を指差した。
聞こえる範囲には他に誰もいなかったので、イザヤは自分への指示だと悟った。
ジンは不意に、体の向きを直角に変えて道を外れた。顔を追っ手に向けながら、尚も河の方へ指を伸ばしている。
一人で立ち向かうつもりなのだと思った。
ダイクを事も無げに殺した男とはいえ、部下を逃がす為に犠牲になろうとしているとしたら、それはあまりにも、悲しい。
こうして見ると、ダイクの件も、きっと、彼を苦しませない為に仕方無くやった事なのだと感じられた。
ジンのことが心配になった。無事に逃げ延びて欲しかった。
しかし、加勢する勇気は、今のイザヤには無い。
イザヤは短刀を抜いたジンの顔を見詰めながら、何も言えないまま、その場を駆け抜けた。胸が熱くなる思いだった。
間もなくドリタ人が短くうめき、足音は止まった。ジンが注意を引く為に短刀を投げつけたのだろう。
ところが、予想に反して、ドリタ人の足音は引き続きイザヤの方へ向かって来た。
「待て、ドリタ人」
ジンが慌てて追走する。
上官の勇気ある行動は、かくして無駄な時間稼ぎに終わった。
イザヤの全力は、この辺りが限界だった。息が苦しく、脚に力が充分流れて行かない。
近くに都合良く罠が仕掛けられてはいないかと、周囲に目をやる。
それから、神に祈るような気持ちでジンの方へ振り返った。どうしたらいいですか――。
そうして、偶然気が付いた。ジンがドリタ人を誘い込もうとしていた道に立つ、一本の細い木。その幹に、赤褐色の小さな半球が樹液を舐める虫のように付いている事に。
工作員が準備した罠の目印である。
ジンは罠を利用しようとしていたのだ。
これは神が与えてくれた「答え」かもしれない。イザヤはここで何とかするしか無いと直感し、持てる精神力を最大限に引き出して、剣に手をかけ、ドリタ人と向かい合った。
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