イザヤ 第一章

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 ドリタ人の手が素早くこちらに伸びて来たので、イザヤは咄嗟に、諸刃の剣を顔の前へ上げて防御した。訓練で「やってはいけない、経験の浅い者にありがちな事」として教わった動きである。    が、追跡者がイザヤの顔を掴もうとしていた為、幸運にも、刃はドリタ人の親指の付け根を手首まで裂いて、イザヤを守った。    同時に、イザヤ本人も自分の武器で額を深く傷付ける事になり、二人で競い合うように苦痛の叫びを上げた。血が流れ、左目に入る。    すかさずジンが飛びかかり、あの太い首を目掛けて剣を叩き込んだ。    倒れるか、と期待したのも一瞬の事で、薄く鍛え上げられた鋼の板は、首を半分近く切り込んだ所で、硬い骨に食い止められてしまったのだ。    ドリタ人は獣のように吠えながら、無事な方の腕を振り回した。    それを顔面に受けたジンが、多量の鼻血を飛ばしながら仰向けに倒れた。    イザヤは怯まずに、血でろくに見えもしない左目を開き、この強敵に心を集中させたまま、回り込んで目印を背に立った。    目印の位置を知っていても、罠がその付近のどこに張られているのか、正確にはわからない。    つまり、自分の意思では敵を陥れられない。運に頼るしか無い、絶望的な賭けである。罠というのは、そもそも戦闘の過程で利用出来るようには作られていないのだ。   「俺達に何の恨みがある」ドリタ人が首に入った剣を恐る恐る抜きながら言った。怒りに満ちた目でイザヤを見据えている。「何故こんな事をしに来る」    イザヤは面食らって目を泳がせたが、剣の柄を握り直し、答えた。   「恨みは無い。私はあなた方が心底恐ろしい。ずっと昔、ドリタ人が首を切り落とされるのを見てから、私は悪霊に呪われたような気持ちで暮らしていた。だがある時、あなた方と戦って勝てば、この呪いを克服出来ると思い、自衛軍に自ら志願したのだ。はっきり言って、今では後悔している」    ドリタ人の死角で、ジンが倒れたまま顔をこちらに向けた。動けないふりをしていたのだ。    その時、後ろの方で喧騒に埋没していた足音が、高速で接近しているのに気が付いた。   「来るな、危ない!」
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