イザヤ 第一章

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 と、その矢先、今度は統率者自身が大きな声で呻いた。    全員がそちらを見た。    イザヤの位置からはよく見えなかったが、彼も何らかの罠に食われ、頭を負傷したようだ。    敬うべき人物の思いがけない事故に、空気が凍ったように思えた。   「どうなっている」  統率者が言った。   「動くな。誰も動くな」別の上官が言った。「目印が無いぞ」    ジンがダイクの腰に手を当てたまま、慌ただしく首を回して周りを見た。   「大変だ、こちらも無い。どこにも見当たらない」   「どういう事ですか」  イザヤは悪夢から逃げるように大声を出した。もはやドリタ人の事など頭に無かった。    ジンは額に脂汗を滲ませながら答えた。   「外されている。奴らに気付かれたのだ」   「違う」誰かが叫んだ。「ドリタ人を捕まえるのに使うのは足用の罠だけだ。動きを止めて首を取らなければ、運び出せない」    ダイクの裏返った嗚咽が響く。    ジンは言った。 「これは、これらの罠は、対カルスト人用だという事か」    イザヤはダイクの血が無情に溢れて行くのを見下ろしながら、震える唇でつぶやいた。   「狩られるのは我々の方だ」    その時、十メートル東で突如地面が破裂し、木の葉と土が背丈以上の高さに噴き上がった。   「出て行け!」    ドリタ人だ。土をかぶって自衛軍を待ち伏せていたドリタ人が、ここぞとばかりに勢い良く立ち上がったのだ。   「出て行け!」    間髪入れず、他の位置でも三人のドリタ人が土を撥ね除けて現れた。    思っていたほどではないが、その体はやはり貧弱そうな奴隷とは対照的に、自衛軍にも近い者がいないくらい、大きく、しなやかだった。    緊急事態だと感じたのは、イザヤだけではなさそうだった。    これまで、ドリタ人はいつもカルスト人を恐れていた。兵士から逃げ、罠で傷付き、追い詰められて、初めて本気で反撃する、そういう生き物のはずだった。少なくとも、イザヤはそのように教育されて来た。   「退け、カルスト人。四対十三では勝ち目は無い」  上官の一人が金切り声で命じた。    数が三倍以上いても、野生のドリタ人にはとてもかなわない。イザヤは、卑怯な手を尽くしても尚退路を選ばなくてはならない自分達を、少し悲しく思うのだった。
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