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「運動も苦手なあの子が必死な顔して、隣で立ち尽くしていた私を突き飛ばし、トラックとの衝突から避難させてくれたのよ? 正直、信じられなかった。あの子が、あんな行動を取るなんて思わなかった。いつも綾乃を助けていた私が、逆に助けられるだなんて思ってもみなかった」
千鶴の顔が、わずかに歪む。
悲しいのか、悔しいのか、色々な感情が混ぜられた、複雑な表情。
「……それで、あなたと綾乃さんは……」
「ええ。
私は何とか助かったけど、逃げ遅れた綾乃はそのままトラックに潰されて即死……。
……でもね、なぜか綾乃は笑ってた。自分が死ぬ直前なのに、私を助けて笑ってたの、あの子。
『良かった』って言わんばかりに、ね」
「…………」
「そのとき分かったわ。いつも私は綾乃を助けているつもりだったけど、そんなことは無い。反対に、私も綾乃に助けられていたの。
私達姉妹は、二人で一つ。お互いに助け合って、ようやく一人になれる。……妹が死んでからようやく、そのことに気付くなんて……本当に私は馬鹿ね」
自嘲的な笑みを漏らす千鶴。
彼女の歪んだ顔が、更に苦々しく歪む。
『そんなことはない』
自責する千鶴に対し、条一はそう言葉をかけることができなかった。
所詮自分は赤の他人。無責任な発言は無意味。むしろ、逆に千鶴を傷つけることになるだろうからだ。
「……とにかく、そういうわけで佐伯綾乃は死に、私はそのまま事故のショックで気絶。気がついたら、病院のベッドの上だったわ。
……そして、目を覚ましたそのときから……私は終わったの」
「……? 終わった?」
条一が思わず聞き返すと、佐伯は力のない笑みを返し、再び口を開いた。
「……気絶から目覚めた時、私の寝るベッドの傍には、両親が居たわ。
事故のこと、綾乃のこと、色々と言いたいことはあったけど、私がそれらを発言するより早く、母親が泣きながら私に抱きついてきたの。
……そのとき、母は私に何を言ったと思う?」
「……そう、ですね……。
やはり、『無事でよかった』、とかですか……?」
「間違いではないけど、正解でもないわね。
……正解はプラスαよ」
佐伯は風に靡く黒髪を指でからめながら一言。
「『無事でよかった、"綾乃"』って言ったのよ。泣きながら。抱きつきながら」
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