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「……そして私はそのとき、あることを察した」
「ある、こと……?」
「両親にとって必要なのは、佐伯千鶴ではない。佐伯綾乃の方だったということよ」
必要。
その言葉は、こんなにも重くのしかかるものだっただろうか。
佐伯は曇天を見つめていた瞳を閉じ、続ける。
「私よりも、妹の綾乃をことを愛していたのかもしれない。物静かで女の子らしかった綾乃の方が、可愛かったのかもしれない。
はっきりとした理由は分からないけど、とにかく私の両親は、事故の結果を偽った。佐伯千鶴を死んだことにして、代わりに佐伯綾乃が生き残ったということに改ざんしようとした」
「そ、そんなことが……」
「出来てしまったのよ、実際。
私の必死の声もを一切無視して、メディアを押し殺し、学校にも嘘を報告。戸籍も偽り、知り合いにも佐伯千鶴の死を話した。
怪訝に思った人も中には居たみたいだけれど、両親が真顔で『死んだのは千鶴。生き残ったのは綾乃』と何度も言うものだから、疑う余地は無い。結果、無理矢理に信じ込まされてしまったというわけ」
佐伯は嘲るようにそう言ってはいるが、今彼女が言ったことは、決してそう簡単な作業ではない。
一般人が、巧妙にそんな荒行を行使できるはずはない。
となるとやはり、この件には……。
佐伯の両親は……。
「裏社会の人間と関わりがあるということですか……」
「正解よ。
笑わせてくれるわよね。私の両親は、娘の存在偽るために、危険な業界に助力を求めてしまった」
その言葉を聞いて、条一は一人納得。
なるほど、そういうことか。
それならば、佐伯千鶴が今日まで佐伯綾乃として生きてこられたことにも合点がいく。
裏社会の人間がバックについてるならば、決して不可能なことではないから。
そして何より、今回の依頼の最大の謎であった『あの事』も簡単に解決してしまう。
顎に手を当てて考える条一の姿を一瞥して、佐伯は柔らかに微笑むと、ゆっくり屋上のフェンスの傍まで歩いていった。
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