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「聞いてるだけで胸が痛いですねぇ」
「俺も、その母親から度々八つ当たりを受けてる」
そう言いながら目を細めれば、ガンの目を縦に走る傷が痛々しい。
「まぁ浮気にせよなんにせよ、両親の事情に振り回される子供、というのはよくある話ですよ」
「そうなのか?」
「ええ、僕も色んな所で仕事をしてきましたけど、浮気真っ最中の現場や殴り合う夫婦、果てには身辺整理中に御邪魔したものです」
「本当に邪魔だな、お前」
明日の生活を考え直さなければならない時に、クスリ売りなどというワケの分からない猫商人を相手する人間がどこにいるだろうか。
ただでさえ、二本足で歩き会話すらしてみせる猫だ。不審以外の何物でもない。
「さて、ありさちゃんにご挨拶を」
「あ?あぁ、そうだな―――」
出入りが自由と言ったのは本当の事らしく、窓が数センチだけ空けられていた。つまりはそこを通って出入りしているらしい。
だが大きな風呂敷を背負っているロク介は多少苦労しており、行儀が悪いが足で大胆に開けて中へと進む。
「あ、パプ~!お帰り!」
ロク介が窓を空ける音で気がついたのだろう、ベッドの上の少女が待ってましたとばかりに明るい声で出迎えてくれる。
そして恐らくは、その微妙な愛称がガンの名前だと思われる。
「こんなにも似合わない名前に遭遇したのは初めてです」
「お前はクスリを売りに来たのか喧嘩を売りに来たのか、どっちなんだ!」
「巧い事言いますねぇ。落語家になれますよ」
「猫が噺屋になってたまるか!」
「パプ~、そっちのニャンコは御友達??」
「あぁ、良かった。僕の姿が見えていますね」
「わぁ、喋った!喋ったよ!」
はしゃいで喜ぶ少女の目にはロク介の姿が確かに映り、そしてその言葉すらも聞こえているようだ。
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