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いつものことながら、誘いは既に決定事項だ。
「やっぱり、夜桜だよ。いいねぇ、阿多っぽくて。」
穴場だという寺の庭には、見事な枝垂れ桜。確かに、妖しく美しい。
「ちょうど、満月と重なったな。」
満開を過ぎ、散りはじめた桜はまるで、切ない恋に身をよじる女のようにはらはらと枝を揺らし、花びらを散らす。
二人は、根元に蓙(ゴザ)を敷き座り込む。
「さて、と。まずは一献。」
男はそう言うと、広口の瓶を取り出した。柔らかな琥珀色の酒の中に漂う八重桜。彼は蓋を開ける男の向かいでグラスを用意する。数は3。
確認した男が目の端で笑う。
「さすがだな。」
「何年付き合っていると思う。…いい香りだ。」
「だろ?」
3つのグラスに花を浮かべ、琥珀色を満たす。そして、1つは桜の根元に置いた。
「んじゃ、乾杯。」
「乾杯。」
軽くグラスを触れ合わす。それから、桜に向け杯をあげて。
ひらり…
花びらが舞い落ちる。
‐終‐
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