満たされた世界

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いつも見える窓からの風景に目を細め、煙草に火をつけた。夕暮れは終わりを告げ、夕闇に群れるように街の灯りはいっせいに輝きだす。 ケムリはたちこめることもなく、窓の隙間から外へゆっくり流れていく。 この生活を始めて、もう半年がたつ。8畳一間にキッチンとユニットバス。一人暮らしにはちょうどいい部屋だが、小窓から見える風景は一流ホテルのそれと大差のない豪華な輝きだった。その小窓から見える風景に心奪われこの部屋に決めた。安月給にはちょっときついがそれに余る程の綺麗な風景だった。 俺は晴磨。30歳。職業カメラマン。呼ばれればどこへでも何でもするカメラマン。 今まで途方もないくらいたくさんのものを無機質な媒体越しに眺め、シャッターを押し、仕事をしてきた。 ただし人を撮ったことはない。不思議なことに一度も。生まれてこの方一度もない。
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